百貨店、実験中。| 松屋創業150周年 特設サイト

松屋は、150周年をきっかけに、 生活を豊かにするお手伝いを、 たくさんの実験を通して考えます。 多少のやんちゃはご勘弁を。 どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。

若手が「1日バイヤー」になる。Vol.2

2019.12.02 〜2019.12.03

ものづくりの現場を訪ねると、日々の仕事に変化は生まれる?

百貨店の仕事といって思い浮かぶ職種のひとつに、「バイヤー」があります。現地に足を運び、品定めをし、商談をして、売場にモノを並べる。小売の醍醐味のような仕事ですが、実はバイイングに携われるクルーは、あまり多くありません。松屋ではこの度、「ものづくりの現場」をあまり目にすることのできない若手たちに旅をさせてみたいと思います。WEBで何でも手に入る時代。私たちクルー自身も、産地や工房から遠ざかっていたかもしれないから。クルーたちは、向かった先で何を得てくるでしょうか。社内公募で集められた、初々しい「1日バイヤー」たちが、日本全国へ旅に出ます。

工房の想いを世の中に「伝える」ことが、「気遣い」になることに気づいた。

このネクタイは、何か違う。その「何か」を知りたくて。

普段は店頭で接客や販売に勤しんでいるクルーが、1日だけバイイング業務の一環として、作り手のもとを訪ねる本企画。第2回目は、紳士雑貨売場の佐貫和妃です。

佐貫が訪れたい場所として挙げたのは、京都の丹後ちりめんの産地で、オールハンドメイドのネクタイを製造する「KUSKA」。

なぜそこを選んだのか、理由を尋ねると、

「KUSKAさんは、私がいる紳士雑貨売場で入社前から取り扱われているブランドです。手に取ってみると、何かが違う、と常々感じていました。先輩にその差を尋ねると、『オールハンドメイドだからだよ』と教えてくれたのですが、恥ずかしながら、自分の目でネクタイを“織る”現場を見たことがないので、もやもやは消えなかったんです」と語る佐貫。

 

日本製のネクタイは他にもあるのに、KUSKAは何が違うのか。佐貫が向かう理由はシンプルでした。まだ入社して1年にも満たない彼女だからこそ、好奇心さえあればスポンジのように得てくるに違いない。松屋は期待を込めて、佐貫を京都に送り出しました。

なぜこのネクタイを付けるのか、 を考えてもらえたら。

KUSKAは、日本三景で有名な天橋立の近くに工房を構えていました。

海と山が近く、自然が豊かな場所です。

迎えてくださったのは、代表取締役社長の楠泰彦さん。ダンディな楠さんの首元には、もちろんKUSKAのネクタイが。

ここでKUSKAの歴史を少々。

「丹後ちりめん」の産地である京都丹後の地に、クスカ株式会社は、1936年に着物製造業者への製造販売業を営む会社として設立。2010年には、三代目の楠泰彦さんが「KUSKA」を立ち上げました。楠さんの主な仕事は、製造企画・材料準備、全代的なブランディングや販売など。メンズはデザインも行っています。

楠さんは、佐貫にショールームを見学させてくれた後、工房に案内してくれました。いよいよ、KUSKAのネクタイの謎に迫ります。

一歩み足を踏み入れると、そこはガタンガタンという機織り機の音が常に鳴り響いている空間でした。

 

佐貫が驚いたのは、昔ながらの木製の機織り機でネクタイを手織りしている光景。

機織り機は、現在はKUSKAオリジナルの仕様に改良してあり、人の手と機械とのハイブリッドの製法となっているそうですが、風合いを出すため、丁寧にゆっくりと織るため1人の職人につき、一日で2〜3本しか生産できないそうです。

また、各工程ごとに「職人」がいる分業制であったことも、佐貫には新鮮でした。糸の不純物を取り除く「精錬」をする人。染色をする人。経糸(たていと)・緯糸(よこいと)を機織り機に設置する職人まで存在していたのです。

「KUSKAのネクタイは、糸の精錬から染色、織り、縫製まですべて丹後で行っています。丹後ちりめんとは、経糸に撚りのない生糸を、 緯糸に強い撚りをかけた生糸を交互に織りこんで生地にした後、精練することによって緯糸の撚りが戻り、生地の前面に凹凸状のシボがある織物のこと。KUSKAは昔ながらの丹後ちりめんの技術を、着物ではなく、ネクタイなどの雑貨に応用しているんです」

手織りにこだわる理由を楠さんに尋ねると、「機械だと強い圧をかけるため、素材の風合いを損なってしまうんです。それに機械だと効率を考えてしまいますが、実は手で作るからこそ、“無駄”が生まれて美しいものができるんですよ」と教えてくれました。

 

他にも楠さんの言葉で印象的だったのは、「ネクタイは嗜好品に近い」という話。

「TPOのために付けると考えているお客さまが多いですが、ただ付けることよりも、ネクタイが作られたプロセスや、込められたストーリーを知って、KUSKAのネクタイを付けて欲しいです」

 

工房を見学させてもらった佐貫は、楠さんの言葉をしみじみと反芻していました。

「売る」ことは「届ける」ことだった。

工房の見学を終えた佐貫には、いくつもの発見がありました。

 

「ここに来るまで、製品を上手に作れることは当たり前にできることだと思っていました。ところが、職人さんに『何が難しいか』を尋ねたところ、常に同じものを作ることだと言われたんです。実は繊維は、湿度だったり、季節によっても変わってしまうとのことで、同じ風合いをいかに保つかに苦心されていることがわかりました」

そして、各工程を担当する職人たちの「気遣い」があってのものづくりであることも、学びの一つだとか。

 

「松屋では、『デザインとは気遣いである』という解釈をしていますが、丹後ちりめんの現場でも、まさにそれを感じられて。糸巻きの職人は、つぎの職人に『織ってもらいやすいように』するとかですね。伝統のものづくりを守る職人の方々が丹後の工房にいて、それを世の中に届けることが、KUSKAの方々への気遣いになるんじゃないかと思いました」

これまで「ものを売る」ことを、松屋の店舗の中だけで考えていたという佐貫。工房を訪ねることで、そのスケールが広がったと語ります。

「売るというマインドではなく、『伝えよう』というマインドになりました。今まではお客さんのニーズに応えることに必死でしたが、これからはそこに私の想いを載せていきたいと思います」

■佐貫の学び

・良いものには、同じ品質を保つものづくりの努力がある。

・ものづくりには、気遣いの連鎖があった。

・「売るというマインドではなく、『伝えよう』。

・商品を世に届けることは、産地の伝統や技術を守ることにつながっている。

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