百貨店、実験中。| 松屋創業150周年 特設サイト

松屋は、150周年をきっかけに、 生活を豊かにするお手伝いを、 たくさんの実験を通して考えます。 多少のやんちゃはご勘弁を。 どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。

若手が「1日バイヤー」になる。Vol.3

2020.01.13 〜2020.01.14

ものづくりの現場を訪ねると、日々の仕事に変化は生まれる?

百貨店の仕事といって思い浮かぶ職種のひとつに、「バイヤー」があります。現地に足を運び、品定めをし、商談をして、売場にモノを並べる。小売の醍醐味のような仕事ですが、実はバイイングに携われるクルーは、あまり多くありません。松屋ではこの度、「ものづくりの現場」をあまり目にすることのできない若手たちに旅をさせてみたいと思います。WEBで何でも手に入る時代。私たちクルー自身も、産地や工房から遠ざかっていたかもしれないから。クルーたちは、向かった先で何を得てくるでしょうか。社内公募で集められた、初々しい「1日バイヤー」たちが、日本全国へ旅に出ます。

和菓子は、名前も「おいしい」?

普段は店頭で接客や販売に勤しんでいるクルーが、一泊二日で作り手のもとを訪ねる本企画。第3回目は、和洋菓子売場の上岡知也です。

入社2年目の上岡にとって、和洋菓子売場は二つ目の配属先。これまでお菓子、さらには和菓子といった食べ物に馴染みの薄かった彼は、なんと配属されてから1ヶ月の間に100個もの和菓子を食べて勉強したという情熱の持ち主です(笑)。

 

そんな彼が訪れたい場所として挙げたのは、富山県。
「伝統を受け継ぎつつ新しい和菓子作りに挑戦する2人の職人に会いに行きたい」と言います。

なぜそこを選んだのか、もう少し詳しく理由を尋ねると、
「様々な和菓子を頂く中で、一見変わったネーミングのものにいくつか出会いました。和菓子の名前のことを菓銘と言いますが、「ん?どうして?どういう意味なんだ?」とそそられる菓銘がつけられた和菓子に出会ったんです。例えば、<引網香月堂>さんの『万葉の梅園』。少し調べてみると、万葉集の中にある“梅の花 咲き散る園に 我行かむ 君が使ひを 片待ちがてら”という歌が由来だとのこと。何ともロマンチックな世界観に惚れ惚れとしてしまいまして(笑)。」と頬を緩ませる上岡。

菓銘の由来を知ることで、「和菓子を食べる」という体験の感動レベルが一段と上がるのかもしれない。和菓子の奥深さの片鱗を垣間見たそうです。

 

菓銘の由来をもっと詳しく知りたい。その一心で、先述の<引網香月堂>さんに加えて、<薄氷本舗 五郎丸屋>さんのある富山へ上岡は向かいました。

 

なお、上岡は学生の頃にライターを志望していた時期もあったそう。
“言葉”にひときわ思い入れのある彼は、富山で何を得てきたのでしょうか?

“伝統”と“挑戦”は相反しない

まず上岡が向かったのは、富山は伏木にあります〈引網香月堂〉さんの旧本店。
迎えて下さったのは、4代目当主の引網康博さん。
初めての出張で緊張していた上岡も、物腰の柔らかな引網さんに会ってほっとしたそうです。

お店の中に案内して頂き、引網さんのお菓子づくりに対する想いをインタビューする上岡。
まずは100年の歴史を持つ<引網香月堂>さんの生い立ちについてお話を伺います。

 

「〈引網香月堂〉発祥の地であるここ伏木は、万葉集を編纂した大友家持公が国守として赴任したという歴史があるんです。この地域の人々は、小学校でも万葉集を読むくらい万葉集に馴染みがあるんですよ。」

 

『万葉の梅園』が生まれた背景には、地域に馴染んだ日本文化の存在があったことを学ぶ上岡。

続いて、店内の壁面に飾られたたくさんの賞状について質問をすると、

 

「これは歴代の当主が考案したお菓子への賞状です。もう廃番になってしまったものも多いですが…」と引網さん。

 

「時代が変われば、お客様のニーズも変わっていきますよね。そのニーズに合わせて、昔からあるお菓子の味や形を安易に変えてしまったとしたら、そのお菓子の本質が無くなってしまうと思うんです。先代のお菓子が時代の流れの中で廃番になってしまうのは悲しいけれど、本質を無くしてしまうのなら販売しない方がいい。たとえ廃番になったとしても、そのお菓子が存在した事実は、レシピであったり何らかのかたちとして残る。そこからインスピレーションを受けて新しいお菓子が生まれることもある。それが伝統の価値だと思うんです。」

 

引網さんは力強く、そう答えて下さいました。

 

“伝統”と“挑戦”、素人目では相反してしまうと思いがちですが、“伝統が挑戦の糧となり得る”という大きな気づきを得た上岡でした。

 

伏木の街を後にして、現在の本店である古沢店へ向かった一行。

現在の本店である古沢店は現当主の引網康博さんが、「和菓子の面白さをもっと色んな人に知ってもらいたい」という想いのもと新設したお店です。
古沢店の周りは、パン屋さんや珈琲屋さんなど、どこもとても魅力的なお店が並んでいます。食への感度が高い人が一人でふらっと遊びに来たり、子供連れのご家族もそこを目的に買い物に来るような場所となっています。

 

移動中の車内でも引き続きお菓子づくりへの熱い想いを聞き、興奮が冷めやらなかったという上岡。

 

古沢店でのエピソードについて上岡に聞いてみると、興奮気味にこう話します。

 

「最後におこがましくも引網さんにお願いをさせて頂きまして。引網さんは即興でお題を聞いて生菓子を作るという離れ業を数年前からやっていらして。一度僕も拝見したことはあったのですが、どうしてもあるお題をもとに作って頂きたくて…」と上岡。

「松屋の“松”をお題に作って頂いたんです。」と写真を見せながら目を輝かせて話し続ける上岡。

 

「松の葉の緑色を添えつつ、白餡を一筋にうねらせて“松”を表現しました。菓銘は『終わりなき旅』です。」

うねりながら成長する松のように、曲がりくねった道を進んでいく。

今回の旅だけでなく、これからも色々なものを学ぶ旅を続けてほしい。

引網さんは上岡へのエールをこのひとつの和菓子に込めて下さいました。

 

「できあがったお菓子を見て、菓銘を聞き、引網さんの想いがひしひしと伝わってきて……、もの凄い体験をさせて頂きました!」と語る上岡は本当に幸せそうでした。

新しいスタンダードができるまで

次に上岡を迎えて下さったのは、〈薄氷本舗 五郎丸屋〉16代目当主の渡辺克明さん。

富山は石動の地で、260年にも渡り和菓子を作り続けている老舗です。

看板銘菓の『薄氷』は、富山の風景“田んぼの水面に薄っすらと張った、今にも割れそうな氷”を表した干菓子で、お茶のお供として古く宝暦2年(1752年)から愛されてきました。

そんな『薄氷』をベースに、16代目の渡辺克明さんが様々な想いを込めて生み出したのが『T五』です。5色の円形の干菓子は、その削ぎ落とされたデザイン同様、原材料も選び抜かれたものだけが使用されています。

上岡は初めて『T五』を目にした時を思い出してこう話します。

「菓銘が『T五』。絶対何か意味が込められているはずだと思って!」

 

石動のお店で渡辺さんに早速お話を伺ったところ、ネットでは調べきれなかった『T五』の由来を教えて頂けました。

 

まず、この菓銘はDave Brubeckさんの『Take Five』というジャズナンバーに由来するとのこと。この曲が発表された当時、5拍子を使用したジャズは珍しいものでした。しかし、現在では誰もが耳にしたことのあるスタンダードナンバーとなっています。渡辺さんの作る『T五』もこの曲同様にこれからの新しいスタンダードになってほしいとの想いを込めたそうです。

 

「5つの“T”には、地元であるTOYAMAへの想い、そして富山に根付くお茶(TEA)の文化への敬意を込めています。また、修行時代に学んだ陰陽五行の考え方をヒントに、春夏秋冬の四季と土用を色で表したTONE、その色に合わせて、塩見・苦味・酸味・甘味・滋味の5つの味(TASTE)を付けています。そして、共にお店を支えてくれる妻の名前TOMOKOも重ねています。」と少し照れながら渡辺さんは話して下さいました。

菓銘に込められた渡辺さんの想いを聞き、またまた感動してしまった上岡。

 

「出張から戻り、自宅で『Take Five』を聴きながら頂いた『T五』は格別でした。やはり菓銘の由来を知ると、食べた時の感覚がこんなにも変わるんだなと確信しました。」と満足そうに語る上岡でした。

ものづくりの現場を知らないと!

「引網さんと渡辺さんのお話を聞き、和菓子の奥深さを感じました。知れば知るほど、掘れば掘るほど面白さが出てくる。そして、その面白さを伝えるのが販売に立つ者の役割。もっともっと勉強したい。そう思います。」と上岡は今回の旅を振り返る。

 

和菓子には作り手によって込められた面白さがある。

上岡は今回の旅を通して、その“込められた面白さ”を深堀りし、学ぶことができました。

 

「手を込めて、心を込めてものづくりをする職人さん達がいる。本当にかっこいいと思います。そんな職人さん達が作ったものの面白さが少しでも多くの人に伝わったら嬉しい。その“伝える”という仕事に自分は尽力していきたい。」と上岡は今後の展望を語っていました。

 

 

■上岡の学び

・“込められた面白さ”を伝えるのが販売員の役割。

・誠心誠意ものづくりをする職人さんの力になりたい。

Loading...